――はじめに、「キャンパスノート」が生まれた経緯や、ブランドとして大切にしていることをお聞きしたいです。
絵馬さん:「コクヨ」の歴史は和式帳簿の表紙を作ることから始まりました。徐々に表紙だけでなく帳簿自体を作るようになり、それから時代の変化に合わせて洋紙を使ったノートを生産するようになっていったんです。
無線綴じの「キャンパスノート」が誕生したのは1975年ですが、元祖は1965年。もともとは金属リングの「意匠ノート」から海外大学のキャンパス風景を表紙にした「世界の学府シリーズ」として、表紙に「Campus」と記したノートを販売していました。その後、無線綴じで学生向けのノートを発売する際に、キャンパスの名前をそのまま使うこととなり、現在の「キャンパスノート」シリーズが生まれました。
中村さん:キャンパスブランドとして第一に意識しているのは、“学生の学びを応援する存在である”ということです。時代ごとに筆記具やノートの使い方が変わる中、その時代に適したものを作るためにバージョンアップを繰り返してきました。
1代目から並べてみると、ロゴのデザインも微妙に変わっているのがわかると思います。aとmがくっついたキャンパスロゴが誕生したのは2代目からですね。背のクロスをより丈夫なものにしたり、表紙にタイトルや名前を書くスペースを作ったり、より薄くて軽い紙に変えたり…これまでにさまざまな進化がありました。
中村さん:例えば、一昨年発売した「キャンパス フラットが気持ちいいノート」という商品があります。近年はノートをスマホで撮影して先生へ提出したり、ノートの写真を友人同士で共有したりする学生が多いのですが、このノートは真ん中がフラットになることで膨らみによる影や歪みを気にせず撮影できるんです。
絵馬さん:今は教科書のほかにタブレットを机に置いて授業を受けるので、狭いスペースで快適に勉強するための設計も心がけています。このような勉強時のストレスを減らすための工夫のほかに、学びに向かう気持ちを応援するという機能面以外でのアプローチもしています。「キャンパスノート」を明るい色や可愛らしいデザインにすることで、少しでも勉強のモチベーションを上げられたらなって。使う方の背中を押してあげるような商品を目指しています。
――実際、今回私たちが行った調査でも「かわいいノートがうれしくて、勉強で早くノートを使いたい」など、モチベーションが上がったという声がたくさんありました。
中村さん:ノートは4月の新学期・新生活のタイミングで買われることが多いので、使う方々が「この真っさらなノートで、心機一転頑張っていくぞ!」という気持ちになってくれたら嬉しいなと思っています。今回の50周年デザインに関してはその想いが特に強く、例年の限定柄とは少しイメージの違う、よりポップで元気なものを目指して作りました。
――そういった使う方の感情に寄り添うようなアプローチは、ここ数年、より重視されているのでしょうか?
絵馬さん:ある時期までは、「使いやすい事務ノート」と「デザインが可愛いノート」を別々に開発していたんです。そうではなく、“使いやすいノートがそのまま可愛いデザインになった”のが今の「キャンパスノート」ですね。
中村さん:「キャンパスノート」は学習の阻害にならないことをとても大切にしているので、中面のデザインを優先して書きづらくなる・見づらくなるようなことはしたくなくて。その分、表紙のデザインには遊び心を取り入れています。コロナ禍を経て学校生活や勉強の方法も変わる中で、より多様な学生の生活に寄り添っていけたらなという気持ちでいます。デザインに関しても、学生との距離感って難しくて…。あまりにもオシャレすぎるデザインにすると、ちょっと引かれてしまったり。そこの塩梅はかなり考えて作っています。
絵馬さん:私と中村が「これいいぞ!」って選んだやつは、学生からの評価でだいたい不人気なんです(笑)。だから、私たちが「可愛い!」ってなったら、待て待て…と。これまでにたくさん商品を作ってきたからこそ、そこは一旦冷静になって、学生の好みに向き合った方がいいとお互いにわかっていて。
中村さん:同じ年齢、同じ学年でも、いろんなタイプの子がいるじゃないですか。だから、より幅広い学生に気に入ってもらえるようにデザインの振り方を考えています。
――全ての学生がターゲットですもんね。そういう面でも、まさにユーザーの声が重要になってくると思うのですが、普段はどのように調査を行なっているのでしょうか?
絵馬さん:調査会社さんに調査を依頼することもありますし、商品にQRコードをつけて購入者アンケートを行うこともあります。あとは、自社に「キャンパスクラスメイト」という学生とのコミュニティがあって。そこに集まってくれた「コクヨ」の文房具が好きな学生に座談会形式でお話を聞いたりだとか。実際に学校を訪問して、どんな風に使われているかを見ることもあります。「ICT化が進む中でタブレットとノートをどう使い分けているのか」から始まり、「ノートじゃなくてバインダーを使う子も多い」「机の上がけっこう狭そう」など、たくさんの気づきを得ています。
中村さん:みなさん今の商品にけっこう満足してくださっているので、「特に不満はない」という声が多くて。“痒いところに手が届く”ような潜在ニーズは、社内での会話の中から気づくこともあります。先ほど話した「キャンパス フラットが気持ちいいノート」もそうですね。社内で話していた時に、1ページ目を使わずに2ページ目から書き始めるという人が数名いて。だったら1ページ目が浮いてしまって書きづらいのを解決した方がいいんじゃないかって思ったんです。
絵馬さん:やっぱり、みんな文房具が大好きなので。「私、1ページ目から書く派」「私は2ページ目」みたいな会話が自然と始まるんですよね。文房具好きが集まる「コクヨ」だからこそ気づける部分なのかもしれません。いろんな“あるある”から、“開発の種”が育っていく感じです。
――ユーザーの声を聞く時に心がけていることは何かありますか?
絵馬さん:「こういう不満ってありますか?」と聞くのではなく、「どういう使い方をしていますか?」から紐解くことを意識しています。家庭用品とかだとなかなか難しいかもしれませんが、ノートは学校にお邪魔すると使用シーンを見ることができるので。通勤中も、ノートを使用している人を見かけたら、ちらっと覗いてしまったり…(笑)。
中村さん:私も、カフェに行くと周りの人のノートを見ちゃいます。「あ、こうやって付箋を使っているんだ」とか、新しい気づきがありますね。学校へ行くと、たまにびっくりするような使い方も見かけますよ。表紙にマジックペンでいろいろ書かれていたり、インクが剥がれていたり、パンパンにプリントが貼られていたり…そういう実情を再確認すると、しっかり品質の高い商品を届けたいなと改めて思います。
――長らく商品企画・開発を担当されて、お二人ともノートの使い方にとても詳しいと思うのですが、それでも予想外の使われ方をすることもあるのでしょうか?
中村さん:細かいところで言うと、各ページの上部にナンバーと日付を書くスペースがあるのですが、人によってはその要素がすべて邪魔だと。その隙間を無くして全部罫線にしてほしいという声がたまにありますね。
絵馬さん:本来のタイトル欄ではなくその上部にタイトルを書く方も多くて。なぜだろう?って考えてみると、たぶんちょっと細かったんですよね。タイトルはもっと大きく目立たせたいじゃないですか。それで、一昨年発売した「キャンパス フラットが気持ちいいノート」ではタイトル部分の幅を少しだけ太くしました。たった2、3ミリの差ですが、実際に使ってみるとけっこう違うんですよね。
――使っている方も言われてみないと気づかないくらいの変化ですよね。知らず知らずのうちにこういった小さなアップデートが繰り返されてきたのだと思うと、ノート1つにたくさんのこだわりと愛情が詰まっているのだと実感します。
――最後に、エールのお話をお聞きしたいのですが、今回お届けした声の中で特に印象に残っているものはどれでしょうか?
絵馬さん:“積み上げたキャンパスノート”のお話が印象的でした。受験シーズンにSNSを眺めていると、こうやってノートの写真を投稿している学生をよく見かけるので。本当にここに書かれている通りなんだろうなと感じます。これに限らず、“モノとして残る良さ”について語られているものが多くて嬉しかったですね。
中村さん:今回いただいたメッセージを読んで、改めてノートって素敵だなと思ったのが、自分が使ったノートが自分へのエールになるということ。「あの時頑張ったから大丈夫」「これだけ勉強したから大丈夫」のように、自分の努力の軌跡を振り返れるアイテムって他になかなかないよなと実感しました。
中村さん:“親子の成長記録が詰まった言葉のアルバム”というのも、心に残りました。身長が何センチ伸びたとか、テストで100点が取れたとか、そういう定量的な成長以外の、内面の成長を形に残すことができるっていうことが嬉しいですね。文字の癖やその時にハマっていたデコり方によって、書かれている内容だけでなくその時のシーンを思い起こせたり…。それってまさにノートの魅力だなと改めて感じさせられました。
中村さん:もう一つ、教員の方からのエールもすごく嬉しかったです! ご自身が学生時代に使っていて、次のステップで教員試験の勉強に使って、今は自分が教師になって、ノートを見るとその時に担当していた子どもたちを思い出す…って、なんかもうまるでCMみたい。素敵なお話を共有してもらい嬉しくなりました。
絵馬さん:こうやって使っている方からの嬉しい声をいただくと、「そのノート作ってるの私やで!」って誇らしくなっちゃいますね(笑)。
中村さん:そうそう(笑)。日常的にもよくそう思うんです。学校や図書館などで「キャンパスノート」を使っている人を見かけるたびに、「それ作ったの私です!」って心の中で大きく手を挙げています。
――「キャンパスノート」が50周年を迎えた今、これから取り組んでいきたいことや大切にしていきたいことを改めて教えていただけますでしょうか。
中村さん:機能面で学生を支えるという、これまでの「キャンパスノート」の強みは今後も大事にしていきたいです。そして、これまで以上に、使う方の気持ちに寄り添って、学校生活のさまざまな角度から学生の応援ができるように頑張っていきたいなと思っています。
絵馬さん:ノートだけじゃなくて他の文具も作っているのが「コクヨ」の特徴だと思うので、ノート以外の製品にもこのキャンパスブランドを広げていって、学生の学びを多角的にサポートしていきたいと思っています。“キャンパスといえば学生のための総合ブランド”と思ってもらえるような存在になるのが目標です。
取材を通して印象的だったことは、コクヨさんの「学びを応援したい」という想い。そして、文房具やユーザーへの溢れる愛ゆえに、商品のきめ細やかなアップデートがなされてきたことでした。「ユーザーに向き合うということは、ここまでやることなんだ」と、その熱量と技に感動しきりでした。ノートは努力や成長の軌跡が形として残る、ユーザーにとっても思い入れあるもの。わたしたちが気付いてもいないような工夫に込められたコクヨさんの想いが、ノートをまた一つ思い入れ深いものにしていっているような気がしました。